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カルガモに思う

10月5日、来客対応に学生のヒアリング、オンライン打ち合わせと忙しく過ごしました。

昨日、築池に渡来したトモエガモ軍団は姿を見せず、代わりにキンクロハジロの雌が池の

中央にポツンと浮かんでいました。例年、秋から姿を見せるキセキレイも初認しました。

秋の渡り鳥チェックは時間が足りなかったこともあり、昨日に引き続き成果はゼロ。

雨や風の日はそもそも鳥の動きが活発でないので、何も確認できなかったこと自体が

重要な調査記録でもあります。そして、アマツバメ(雨燕)の名前があっても、

雨の日によく飛ぶわけではないということもわかったわけで、それも一つの成果でしょう。

ところでこの頃、ヒガンバナ咲く田んぼの畦道に、カルガモたちが群れを成しています。

彼らの狙いは、言うまでもなく田んぼのお米(稲穂)です。せっせと米作りに励んできた

長池里山クラブや秋葉台小学校の子どもたちにとっては気が気ではありませんね。

案山子たちが成す術もなく立ち尽くしているので、撮影後に水田から追い出しました。


カルガモほど、その捉え方が千差万別の野鳥も珍しいですね。農家にとっては害鳥です。

多くのバーダーからは、「なんだカルガモか。」と日常的にスルーされています。

夜行性のカルガモに、“お昼ご飯”のパンを投げて手懐けようとする人もいます。

一方で、愛くるしいヒナたちを連れ歩く様子は、多くのファンによって見守られ、

カラスに追われればカラスを追い払い、排水溝に落ちれば人々は力を合わせて救出します。

カルガモは多くの卵を産み、誕生したヒヨコたちを母ガモが身一つで育てる習性を

持っています。それにも関わらず、水域から離れた草むらの巣から、わざわざ険しい道を

通っての大移動(お引越し)を繰り返し行います。これらが意味することは何でしょう?

もしかすると、母ガモは子どもたちに厳しい試練を与えながら、これからたくましく

生きていける力を持っているかどうか、1羽1羽、見定めているのかもしれません。


ある時は人気者で、ある時は厄介者。立場によって様々な感情を抱くのは当たり前です。

感情そのものが生き物や環境に影響を与えることはありませんが、感情的な行動が、

思っている以上に自然界の“あるがまま”を変えてしまうこともあるということを

心に留めておきたいですね。カルガモとの適正な距離感、私も未だにわかりません。

身近な存在だからこそ、カルガモの暮らしぶりや生態系の中での立ち位置について、

改めてよく観察し、考えてみたいと思います。もちろん、楽しむことを忘れずに!


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